『うたかたの恋』予習:ルドルフとマリーの恋

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こんにちは。以前、「『うたかたの恋』予習」と題してマイティー(水美舞斗)演じるジャン・サルヴァドルとひとこちゃん(永久輝せあ)演じるフェルディナンド大公について紹介したのですが、今回は史実のルドルフとマリーの恋について調べてみました。夢々しい世界観(と今回の上演では『エリザベート』から抜け出てきたかのような闇広)ルドルフが人気の『うたかたの恋』ですが、実際のルドルフとマリーはどのような関係だったのでしょうか?『うたかたの恋』予習記事、第二弾です!

※「夢々しい」って普通に使う言葉だと思っていたのですが、今回「この言葉の厳密な意味はなんだろう?」と思って調べてみたら宝塚にしか使わない言葉らしいですね……!独自の形容詞まで生み出してしまうタカラヅカ、恐るべし。

前回の記事が気になる方はこちらをどうぞ!↓

※本記事は以下の本を参考文献としています。

『うたかたの恋』とは

原作小説は、フランスの作家クロード・アネによる(Claude Anet, 1868-1931)『うたかたの恋』(原題:Mayerling)。アネは死の前年の1930年にこの作品を書き上げました。彼の代表作といって良いでしょう。

『うたかたの恋』は、1936年を皮切りに、これまで何度も映画化されています。宝塚歌劇団での初演は1983年。柴田侑宏の脚本によって、雪組(麻実れい主演)で上演されました。1993-94年星組(紫苑ゆう、代役で麻路さき)、1999年月組(真琴つばさ)、2000年宙組(和央ようか)、2006年花組(春野寿美礼)、2013年宙組(凰稀かなめ)、2018年星組(紅ゆずる)と何度も再演を重ねてきたことからも、オーストリア皇帝の座につくという輝かしい未来を約束されていながら(されていたからこそ?)どこか物憂げな皇太子ルドルフと、純粋で可愛らしいマリーとの愛を描いた本作の高い人気がうかがえます。

そんな『うたかたの恋』ですが、実は描かれている内容は史実とはかなり異なっていることが知られています。

前回の記事でも紹介した本『「うたかたの恋」の真実 – ハプスブルク皇太子心中事件』では、著者の仲晃は以下のように語っています。

最初に見てきたように、クロード・アネの小説『マイヤーリング』は、皇太子ルードルフと可憐な少女マリーの”悲恋”を強調したいあまり、当時の事実関係を曲げたり、大きく粉飾したりして、実際とは似ても似つかぬ世界にはまり込んでいる。

仲晃, 2005, p.25

今回は史実での二人の恋を探っていきたいと思います。

事件の真相は……

ハプスブルク家の皇太子ルドルフと、若く美しい娘マリーの身分違いの恋。ルドルフは妻ステファニーとの冷え切った仲に辟易としていた。そして二人は叶わぬ恋ゆえに死を遂げる……。

仲は、『うたかたの恋』で描かれたそんなロマンチックな関係を否定します。

マイヤーリング事件の主体は皇太子ルードルフただ一人であり、事件の真相はルードルフの自殺であった。たまたまルードルフがいくらか気弱な性格であったことと、少女マリーがルードルフに同情して自殺の”伴走者”になるのに選んで同意したため、結果的には心中といった形になったのである。

仲晃, 2005, p.24

宝塚ファンの皆様ならご存知の通り、ルドルフは父フランツ・ヨーゼフと強い確執を抱えていました。

ルドルフはオーストリア帝国の置かれた状況に強い危機感を覚えていました。彼はオーストリアを共和国とすること近代化を押し進めること、現代のEUのような統一ヨーロッパ国家を創設することを夢見ていました。

しかしフランツ・ヨーゼフはルドルフの進歩的な考えを受け入れられません。仲によれば、ルドルフは優れた外交感覚を持っていましたが、フランツは外交に関する重要任務を一切ルドルフに任せてくれませんでした(仲晃, 2005, pp.120-126)。もしルドルフが皇位を継承していれば、第一次世界大戦が勃発することも、帝国が解体されることもなかったかもしれません。

絶望したルドルフは、女性との関係の中に癒しを求めます。多くの女性との浮名を流した彼は1886年に性病にかかってしまいます(ちなみにこれは妻のステファニーにも移ってしまい、彼女は子どもを産めなくなった)。ルドルフは性病によって抑うつ状態に陥り、さらには麻薬中毒になったそうです(仲晃, 2005, p.130)。

世紀末のウィーンでは自殺が大流行していました。そんななか、ルドルフも死の魅力にとりつかれてしまいます。机にはいつもピストルと髑髏を置いていました。

ルドルフは、一番のお気に入りであった高級娼婦のミッツィ・カスパール(本名はマリア・カスパール)に何度も心中を申し込みましたが、ミッツィは冗談だと思いそれを全て断っていました。

ミッツィに軽くあしらわれたルドルフは、自分に憧れる若い娘マリー・ヴェツェラに心中を持ちかけます。ルドルフに同情したマリーは彼の申し出を受け入れ、二人はマイヤーリンクで死を遂げました。

2人の恋愛の真相は

以上のように書いてしまうと、夢もロマンもないですね……。

では一体、史実でのルドルフとマリーの関係はどのような感じだったのでしょうか?

まずは二人の出会いから振り返ってみましょう。

マリーとルドルフの出会い

マリーは1871年にウィーンで生まれました。母ヘレーネはウィーンの宮廷で注目を浴びることを欲し、娘マリーを地位の高い貴族に嫁がせようとしていました。ヘレーネはルドルフに目をつけ、彼を利用して宮廷で高い地位を得ようとしますが反対に顰蹙をかってしまいます。この頃はまだマリーは子どもで、ヘレーネも娘をルドルフと恋仲にしようとは考えていませんでした。

やがて成長したマリーは大の競馬好きになります。いつものように競馬場に行ったマリーは、知り合いだったプリンス・オブ・ウェールズからルドルフを紹介されます。

マリーは昔からルドルフに憧れていたため、すぐに彼に夢中になりましたが、ルドルフの方はそうではありません。

マリーは、国立オペラ座でルードルフの目を引こうとしたり、プラーター遊園地の周辺での乗馬姿を皇太子に見せつけようとするが、すべて空回りに終わった。

仲晃, 2005, p.147

マリー・ラリッシュ・ワレルゼーによる仲介

そこで登場したのがマリー・ラリッシュ・ワレルゼーです。今回の花組公演では朝葉ことのさんが演じています。

エリザベートの姪にあたるラリッシュ夫人は、ルドルフとは3ヶ月違いのいとこにあたります。エリザベートはラリッシュ夫人が大のお気に入りで、彼女を自分の侍女にしました。

ヘレーネと親しくなったマリー・ラリッシュは、ヘレーネの娘のマリーがルドルフに想いを寄せていることを知ると、二人の仲をとりもとうと奔走しはじめます。しかしそれはきれいなものではなかったようです。

マリー・ラリッシュ・ワレルゼーは、言葉の最も悪しき意味での「仲介人」であったようだ。というのも、彼女は少女マリーを皇太子に引き合わせたそもそもの初めから、高額の謝礼を取っていたからである。

仲晃, 2005, p.153

後年の著した回想録でマリー・ラリッシュ・ワレルゼー自身はお金をとっていたことを否定しているようですが、ヘレーネは自身の回想録でお金を払っていたことを明かしているそうです。

さて、マリーはマリー・ラリッシュの手引きで1888年11月5日にルドルフと王宮のホーフブルクで面会します。このときにマリーは、ルドルフの部屋に置いてある拳銃とドクロを目にしたそうです。

そしてヅカファンのみなさまならご存知……

王宮内の皇太子の居室で、二人だけで会っているといっても、そのまま深い仲になったわけではなかった。ドンファンの一面を持つルードルフが、娘の清純さと自分に寄せる一途な思いに気圧されたためか、二人が実際に切っても切れない仲になったのは、年が改まった翌一八八九年一月十三日のことであった。

仲晃, 2005, p.160

仲によれば、2人はこの日に心中の約束もしたそうです。

心中もマリー・ラリッシュの手引きで

一方ヘレーネは、娘が妻帯者の皇太子と親しい仲になっていることを知りどうにか二人を引き離そうとしますがうまくいかず。運命のときは刻々と近づいています。

1月27日、ルドルフはマリー・ラリッシュを訪ね、「マリーを28日から数日間連れ出してほしい」と頼みます。このとき、ルドルフはマリー・ラリッシュにお金を積んだとも、ピストルで脅したとも言われています。

翌28日、マリー・ラリッシュはヴェツェラ家を訪れ、マリーを「買い物の連れに借りたい」とヘレーネに伝えます。ヘレーネは何の疑いも持たず了承しマリーを送り出します。こうして運命の引き金は引かれてしまったのです。

おわりに

以上のように、アネの『うたかたの恋』で描かれた内容は史実とは若干遠かったようですが、歴史の「そうであったかもしれないifの姿」を描くのが歴史小説の醍醐味。確かに史実とは異なる物語なのかもしれませんが、歴史小説としては全然アリですよね……!

東京公演も無事に完走できますように!

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マリーの遺体を掘り起こしたヤバイファンがいるらしいです!以下の記事参照↓

参考文献

仲晃(2005)『「うたかたの恋」の真実 – ハプスブルク皇太子心中事件』東京:青灯社.

楽天では先日入荷されてから即売り切れになったのですが、また入荷されたようです。良かった……!

関連作品

ミュージカル化もされた作品。マーラーやシュニッツラーなど世紀末ウィーンの芸術家たちも登場します。マリーが上昇志向の、かなり打算的な女性のように描かれている気がします。

1935年の映画のDVDを見つけました……!今から約90年前の人々はどんなふうに『うたかたの恋』を鑑賞したのでしょうか?

バレエも良いぞ。しかも楽曲はフランツ・リストだ……!

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