ロマン・ロラン『ロベスピエール』初見感想

人権宣言フランス革命読書記録

前回の記事で、ロマン・ロランの小説『ロベスピエール』に触れたのですが、今回はこの作品についてざっくり感想を語っていきたいと思います。実はこの間図書館で借りてきて読んだばかりなので、今回は初見感想ということで思ったことをありのままに()述べていきたいと思います!

ロマン・ロランとは

まず著者のロマン・ロランについて簡単に紹介しておきましょう。

ロマン・ロラン(Romain Rolland. 1866-1944)

フランスの作家。反戦・反ファシズムを主張したことで知られる。1915年にノーベル文学賞受賞。代表作に『ジャン・クリストフ』『ベートーヴェンの生涯』など。

ロマン・ロランは、フランス革命を題材とした戯曲を8つ執筆しています。これらの作品はみすず書房社から出ている『ロマン・ロラン全集』10, 11巻に所蔵されています。以下に挙げておきます。

制作年タイトル
1898年『狼』(Les Loups
1898年『理性の勝利』(Le triomphe de la raison
1898年『ダントン』(Danton) 
1900年『七月十四日』(Le quatorze juillet
1925年『愛と死との戯れ』(Le jeu de l’amour et de la mort
1926年『花の復活祭』(Pâques fleuries) 
1928年『獅子座の流星群』(Les Léonides
1939年『ロベスピエール』(Robespierre
表1:ロマン・ロランのフランス革命劇

ロマン・ロランは40年にわたって8作の戯曲を書いています。フランス革命は彼にとってライフワークの一つであったのかもしれませんね。

ちなみに、『ロベスピエール』のまえがきには以下のように書かれています。

十二篇の戯曲からなるフランス革命の一大叙事詩劇をかくことを計画したとき、私は三十歳だった。私の考えでは、その曲線の頂上をなすはずだったドラマ『ロベスピエール』を完成するとき、私は七十二歳である。私はその作を考えることをけっしてやめはしなかった。しかし私は自分がこの主題を完全に把握したと感じるのを待っていた。本年、そのときがきたように私にはおもわれた。

ロマン・ロラン, 1982, p.99

このまえがきが執筆されたのは1938年のこと。世界中でファシズムが吹き荒れる時代です。ロマン・ロランは何を思って、この激動の時代に『ロベスピエール』を書き上げたのでしょうか。

また、「十二篇の戯曲からなる」と書かれていますが、彼がもっと長く生きていればあと四篇、フランス革命を題材とした戯曲が作られていたのでしょうか。読むことができなくて残念です。

他にも、面白いことが書かれていたのでまえがきより引用します。

私が彼ら [引用者注:ロベスピエールたちのこと] を理想化しようとしなかった。私はどの人物にたいしても、その誤りや過失を容赦しなかった。私自身も、彼らを押し流してゆく大波にさらわれた。私は、互いに滅ぼしあうそれらすべての人々の真摯と革命のおそろしい宿命とをみた。——革命は一時代のものではない。それはすべての時代のものである。私はそれを表現しようとした。

ロマン・ロラン, 1982, p.100

うーん、かっこ良いですね。「革命のおそろしい宿命」。ロマン・ロランが長生きしていれば(2回目)、第二次世界大戦後の世界の情勢について何を言ったのか、非常に気になるところです。

『ロベスピエール』について

今回取り上げる『ロベスピエール』(三幕・二十四場)は『ロマン・ロラン全集』11巻に所蔵されています。

この作品は、1794年4月5日のダントン処刑から、7月28日にロベスピエールが処刑されるまでの約4ヶ月間を描いています。

詳細なあらすじは以下の論文に書かれていますので、気になる方はどうぞ。↓

ロマン・ロラン『ロベスピエール』について | CiNii Research
I 『ロベスピエール』(Robespierre 1938)はロマン・ロランの戯曲のうちで最も大規模な作品で, 大小24場面(tableaux)から成り, その24場面が3幕に区分されている。……

全体的な感想

それでは早速感想を。

正直、物語の内容を理解するのにとても苦労しました。するっとすぐに理解できる内容ではない。登場人物たちがそれぞれに革命に対する思惑があって、それがぶつかりあって……という感じなのですが、そもそも登場人物がめちゃくちゃ多い。これが舞台や映画であれば、役者の顔から登場人物が判別できると思うのですが、なにぶん文字情報だけなので登場人物が覚えきれなくて困りました。

『小説フランス革命』を先に読んでおくとわかりやすいかもしれません。こちらも登場人物はかなり多いのですが、小説ということもあって、個々のキャラ付けがなされているので理解しやすかった印象。それから、 サン=ジュストがロベスピエールを救おうと奔走しているのにロベスピエールが勝手に演説を打っちゃうところとか、結局のところサン=ジュストが(割と凡ミスで)和解を台無しにしてしまうところの流れとかも、『小説フランス革命』だともっとわかりやすく書かれていたかな〜という感じです。

さすが、ロマン・ロランが構想に40年もかけただけあって、なかなか難解な本作品なのですが、だからといって読まず嫌いはもったいない。政治や革命に関する議論は本当に秀逸です。

濃厚な人間関係

そして『ひかりふる路』オタクとしては、登場人物たちの人間関係が濃厚に描かれていることに歓喜しました。しかもめちゃくちゃたくさんのカップリングが成立してます。ロベスピエールとサン=ジュストの関係性は鉄板だと思うのですが、なんと本作品ではエリザベートとルバ、アンリエットとサン=ジュストといった男女の恋愛から、ルバとサン=ジュストのもうほぼBLといっても良いような関係まで描かれています……!

以下、特に気になった点について述べていきます。

女性たちのシスターフッド

エレオノール、エリザベート、アンリエットの三人は義姉妹。第六場では、そんな彼女たちの会話が繰り広げられます。

エレオノールはロベスピエール、エリザベートはルバ、そしてアンリエットはサン=ジュストと親しい関係にあります。

彼女たちの、男たちに対する態度は三者三様です。長女のエレオノールはロベスピエールが革命家として抱える苦悩に深く同情しており、だからこそロベスピエールに政治の話はしないことにしています。尋ねられたら答えるに留めるべき、というのが彼女の意見です。妹のエリザベトは政治よりも恋愛の方が大事なので、早くルバを自分のもとに返してほしいと思っています。そしてアンリエットはといえば、恐怖政治に反感を覚え、サン=ジュスト本人に彼の政策への不満をぶつけてしまいました。それがきっかけでアンリエットはサン=ジュストと不仲になってしまいます。

会話内容はそれぞれが思いを寄せる男性に関するものなので、ベグデル・テスト(フィクション作品におけるジェンダーバイアスを測定するためのテスト)にはパスしなさそうですし、これがシスターフッドといえるのかはわかりませんが、それでも三人の立ち位置の違いがわかって興味深いシーンでした。

サン=ジュストとアンリエット

アンリエットは、サン=ジュストの政治的意見に反対したことがきっかけで不仲になったと思っていますが、サン=ジュストはそれを否定します。彼は、彼と一緒にいるとアンリエットが不幸になるだろうと思ったから彼女から離れたのです。ネタバレになりますが、サン=ジュストのセリフがあまりにも良かったので引用します。

いいや、愛する人が、不条理に自分をそこなおうとするときには、相手の意志に反いても、相手のために、条理を通すべきだ。おれのように処罰される人間の運命に若い女が自分の運命を結びつけることは不条理だ。

ロマン・ロラン, 1982, p.204

わかるだろう、時間がわれわれには限られていたんだ。ぼくはきみにあげる幸福をもってなかったのだ。

ロマン・ロラン, 1982, p.287

(なんか語尾がハム太郎っぽいですがそれはさておき……)

サン=ジュスト自身がこう言っているとはいえ、彼はかなり複雑な思考の持ち主だったようなので本心からこう言っているのかは怪しいですが。。。それでも、サン=ジュストとアンリエットの間の愛情が描かれていてほんわかとした気持ちになりました。 アンリエットとサン=ジュストの恋愛ってあまり読んだことがないので、かなり新鮮でした。

ルバとエリザベート

アンリエット&サン=ジュストカップルとは違い、こちらのカップルはかなりアツアツです。もちろんルバはエリザベトに愛情をもっているのですが、しかしどうもサン=ジュストへの愛情の方が強そうに見えるのです。

ルバとサン=ジュスト

サン=ジュストは、ロベスピエール一派の破滅を予期し、ルバとエリザベト、それからこれから生まれる予定の二人の子どもをどうにか逃がそうとします。しかしルバはそれを拒否します。そのときのルバのセリフがこちら。

ル ・バ だが、おれは——いちばん誇るべきおれの自我、照り輝く精神——それが存在するのはお前の中だ、お前なんだ。それなしにはおれは生きて行けないんだ。

サン=ジュスト お前には妻の愛があるんだ。

ル ・バ それはおれの心を満たしている。しかし魂はもっと大きな欲望をもっているのだ。お前の友情が必要なんだ。

ロマン・ロラン, 1982, p.208

どうですか、エリザベトよりサン=ジュストの方が大事だと言わんばかりのセリフです。身重の妻がいるのに、それはひどくない……?と思うのですが。

そしてサン=ジュスト自身も、ルバのことが大好きな模様です。

たった今まで、おれは生きても死んでもよかったんだ。ところがお前がきてから、おれはお前の命をまもるために、人生への執着をとりもどしたのだ……行こう、われわれが生きるよりどころたる——共和国を救うように努力しよう。

ロマン・ロラン, 1982, p.208

数々の作品でも描かれている通り、この作品でもサン=ジュストはロベスピエールに心酔しているのですが、本作品のサン=ジュストはロベスピエールを尊敬し、同情すると同時に、失望してもいます。サン=ジュストはかなり先進的で過激ともいえる思想の持ち主であったにもかかわらず、テルミドールのクーデター前には公安委員会との和解を試みるなど、彼らしくない行動もしたことで知られています。これらの行動は自分の思想をねじ曲げてでもロベスピエールを救いたいという心情の現れかと思っていましたが、この作品では彼が奔走するのは「ルバを守るため」という設定になっています。サン=ジュストはどこか死にたがっている節があるのですが、ルバへの愛情のために生への執着も取り戻したというのですからすごいですね。

本作におけるサン=ジュストの人物造形

様々な逸話からもサン=ジュストが複雑なパーソナリティの持ち主であったことはうかがえますが、この作品のなかのサン=ジュストもかなり魅力的な人物造形がなされています。

まず、彼は死を恐れていない。サン=ジュストといえば、大学生活中には下宿先で部屋を暗くして「自分はもうすでに死んでいる」という幻想を楽しんでいた、という逸話がありますが、彼のこのキャラクター造形はそういうところに由来しているのでしょうか。

国民公会で逮捕されたロベスピエールたちは、国民公会に抵抗するために蜂起を計画します。クートンやロベスピエールたちが話し合いをすすめるなか、サン=ジュストは一言も喋りません。ル ・バになぜ何も喋らないのかと問われたサン=ジュストは、以下のように答えます。

サン・ジュスト おれは、ここへ喋りにきたのじゃない……

ル ・バ ……行動しにだろう?

サン=ジュスト いいや、ル ・バ。死ぬためだ。行動の時はすぎだ。お前たちはそれをとらえることができなかった、それともそれを望まなかった。われわれは武装解除をされてしまった。

ロマン・ロラン, 1982,, p.295

さすがサン=ジュスト、一人だけ死の覚悟が決まっています。『小説フランス革命』でも、サン=ジュストは蜂起の計画に全く興味がなさそうでしたよね。

サン=ジュストの崇高な精神を示す台詞はまだまだ出てきます。以下、印象に残ったセリフを引用します。

恥辱のあとには、正義がくるのだ! それは最後には確立されるのだ。世紀もすぎ去る。時がくるのだ。未来の、幸福な、自由な人類にとっては、われわれの死骸はいは神聖なものになるのだ。

ロマン・ロラン, 1982, p.297

こんなセリフもあります。ちなみに以下のセリフには、「サン・ジュストがじっさいに言った言葉」(ロマン・ロラン, 1982, p.297)という注釈がついています。

おれは決して敗北者にゃならない。奴らは、自由のためにはどんなこともやりぬいたおれたちのような人間の生命を奪うことはできるが、奴隷状態から彼らを救い、彼らにいこいの宿をあたえる死を彼らから奪うことはできないのだ、世紀と天上に彼らが獲得したこの自由の精神を奪い取ることはできないのだ。

ロマン・ロラン, 1982, p.297

サン=ジュストといえば、「幸福とはヨーロッパにおける新たな概念である」とか「この世から孤立し自分自身からも孤立する者は、その錨を未来へと投げかける」といった発言がありますが、まさにこれらの発言を彷彿とさせるセリフです。

死に赴くとき、サン=ジュストは幸福そうな表情さえ見せるのです。醜い現実世界に絶望し、未来と死にのみ希望を見出す、そんなどことなく孤独なサン=ジュストの姿が浮かび上がってきます。

ル ・バ もうすいぶん長く、今のようなお前を見たことはないよ、顔も、眼も和やかで、ほとんど幸福だといってもいいくらいだ。

サン=ジュスト そうなんだから。おい、おれは人生の深淵から出てしまったのさ。

ロマン・ロラン, 1982, p.297-298

サン=ジュストは、処刑を前にしても毅然とした態度を崩しません。作中では、サン=ジュストは三晩も眠らず、何も喋らず椅子に座ったまま、と書かれています。「彼はあまりにも誇りをもっているので、何ひとつ求めないし、あまりにも自分の思想に没頭しているので、自分の苦痛を考えない」(ロマン・ロラン, 1982, p.301)とまで描写されています。その様子を見たパリ・コミューンの国家警視、ペイヤンは「おれはあの若者が好きだよ、そして気の毒だとおもうよ」(ロマン・ロラン, 1982, p.302)とまで言っています。

作中では、バレールもサン=ジュストの逮捕には反対しているんですよね。死ぬのは惜しい、と思わせるほどの強烈な存在感を放っていたことがうかがえます。

ロベスピエールについて考える

ここまで書いてきて、作品のタイトルが『ロベスピエール』なのにもかかわらず全然ロベスピエールに言及していないことに気がつきました。サン=ジュストの印象があまりにも強烈すぎて……。この作品のなかのロベスピエールは、どこまでも法律のひと、どこまでも民衆を、理想を信じるひとといった感じで、かなり解釈一致でした。ロベスピエールのシーンで一番印象に残ったのは、彼が拳銃で顎を打ち砕かれたあとに見る走馬灯のシーンですね。両親をなくし、貧困の中で勉強に励んできた少年が政治に身を投じていくさまが描かれています。しかも、ルソー(幻)との対話シーンまでああります。ルソーの理想を胸に抱きながらも、その理想を信じるがゆえにどんどんかけはなれていってしまったのだなあ……と切なくなります。

この作品では、ロベスピエールたちが処刑された直後の人々の様子も描かれています。ロベスピエールたちの処刑が終わったあと、人々はこう言うのです。

ルニョー さあ、われわれの死者たち! 彼らは戦いの中に行きているのだ。戦争がつづくかぎり、彼らはいるのだ。われわれの、不滅の革命!

ビヨー そのために死のう!

オーシュ 革命は征服するのだ。

マティウ・ルニョー 世界の民衆たち、来るべき多くの世紀、われわれのものだ、われわれのものだ!

ロマン・ロラン, 1982, p.312

ロマン・ロランは、「言葉は歴史のものである」と題されたあとがきにおいて、ロベスピエールたちを殺した張本人たちがのちにロベスピエールの処刑を後悔したことに触れています。彼らは、ロベスピエールの死とともに、革命が、共和国もが死んでしまったことを悟るのです(ロマン・ロランはロベスピエールを高く評価しているようですが、それと同時に、彼を理想化するのはさしひかえる、と再三述べていることを一応強調しておきます)。

おわりに

この作品は、人間関係を濃密に描いている一方で、結局のところロベスピエールもサン=ジュストの孤独なんですよね。悲しい。特に、ロベスピエールの精神が誰からも理解されなかったことが悲劇の一端である、というような描かれ方をしているのが印象的でした。

しかし、戯曲というものを私が読み慣れていないせいもあるのか、内容を理解するのにけっこう時間がかかりました(そもそも舞台で演じられることを想定されて書かれているのだから当然か?)。実際に上演されているのを見てみたいです。『テルミドールの恋人たち』って感じで宝塚で上演してくれませんかね???

『ひかりふる路』にハマったひとはきっとこの作品も好きなはず。おすすめの一冊ですので、ぜひ読んでみてくださいね!

参考文献

ロマン・ロラン(1982)『ロマン・ロラン全集第11巻』みすず書房.

本記事で扱った『ロベスピエール』は宮本正清訳、p.97-322に収録されています。

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