こんにちは。月組『応天の門』ムラ千秋楽おめでとうございます!今日はきっと月組公演観賞後に気になるであろう、「で、その後道真と基経はどうなったの!?」ということについて書いていきたいと思います。
※本書は以下の本を参考にして書いています。中古しか流通していないようですが、菅原道真の人生がコンパクトにまとまっている&当時の政治制度についてもわかりやすく解説されていてとても満足度が高かったです。おすすめの本です!中古なので値段もお安いのが嬉しいところ。
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菅原道真と藤原基経
本当は先にこの2人に関する簡単な紹介記事をアップする予定だったのですが、いつものごとく管理人の遅筆のため間に合わず……。最初に書き終えたこちらの記事をアップすることにしました。ということで二人の略歴は次回に置いておき、ここでは簡単に月組公演『応天の門』での二人について紹介します。
まず、れいこさん(月城かなと)演じる菅原道真(845-903)は頭のキレるツンデレ系天才で、曲がったことは大嫌い!という熱い思いを胸に秘めています。
一方おだちん(風間柚乃)演じる藤原基経(836-891)は、藤原家の繁栄のためなら手段を選ばない悪役として描かれています。なぜ基経がこのようになってしまったのかは劇中でも描かれるのですが(ネタバレになるのでここでは控えます)、このときのおだちんが本当に最高でした。もう私はずっとおだちんをガン見してましたね(そんなことより回想シーンをみろ!!という感じですが)。
そしてここでネタバレですが、月組の『応天の門』は原作漫画がまだ完結していないということもあってか、道真が「まだまだ戦いは始まったばかりだ!」というようなことを言って幕がおります。ここの幕切れのシーンは映画のワンシーンのようで、鳥肌が立ちました。もう劇が終わったはずなのに「まだまだもっと見せてくれ!」と思わされるラストでした。
阿衡の紛議
さて、それでは史実の道真と基経が本当に対決することはあったのでしょうか?
……ありました。「直接対決」と言い切るにはあまりドラマティックではないのですし、「対決」というほどのものであったのかといわれると微妙ですが(ツリみたいなタイトルですみません!)、好き勝手振る舞う基経を道真が諫めるという事件が起きたのです。
事件の発端は887年。『応天の門』は道真が文章生の頃を描いていますから、それからおよそ20年後のことになります。ちなみにこの時点で清和帝はすでに崩御されています。からんさんの清和帝、とってもキュートでしたね!!
宇多天皇の即位
話がそれました。本題に戻りますと、887(仁和3)年8月、光孝天皇の崩御に伴い、宇多天皇が即位します。宇多天皇は藤原家とは血縁関係がなく、しかも臣籍に下っていましたが、基経の猛プッシュにより天皇となりました。
基経に恩を感じた宇多天皇は、即位式の後、関白の詔を出します。これをもって、関白職が日本に誕生しました。
しかしながら、基経は当時の慣例に従い、これを形式的に辞退しました。天皇は文章博士の橘広相に起草させ、基経の辞退を拒む詔を出します。この詔の中に、「阿衡の任を以って基経の任とするように」という一文がありました(平田, 2000, p.88)。
「阿衡」とは中国の故事に由来する称号で、特に優秀な宰相であった伊尹のことを指すと考えられています。しかし、藤原佐世が基経に「阿衡は位であり、職掌ではない」と告げます。つまり基経は政治に関わるべきではないと述べたのです。これに怒った基経は一切の政治を放棄することにしました(基経、つよい)。
しかしこの事件は、単なる基経の怒りに任せた無責任な行動というわけではなかったようです。
阿衡の紛議は、藤原氏を外戚としない宇多天皇に対する基経の強烈な牽制であり、その意をくんだ儒者の藤原佐世が、文章博士として確固とした地位を築いていた広相に仕かけた論争でもあった。
平田, 2000, p.88
平田によると、その真意は以下のようです。
佐世は…(中略)…基経の威をかりて広相を陥れ、学界において有利な地位を占めようということにあり、基経もまた、広相が娘聟である宇多天皇の力によって、藤原氏の地位をしのぐ地位に上ることを防ごうとしたことにあると思われる。藤原氏は自分たちの伝統的な地位を脅かそうとする者に対しては、手段を選ばず排除する。奈良時代の長屋王の粛清しかり、平安時代の承和の変での伴(大伴)・橘両氏、応天門の変での伴・紀氏の排斥しかりである。
平田, 2000, p.89
すでに『応天の門』でその片鱗が見えていましたが、藤原氏は本当にすごいですね……。権力を得るためならなんでもするんですね。ここで突然、『CASANOVA』の柚香光ちゃん演じるコンデュルメルがかわいくみえてくる。民衆の同情をひくために目薬で涙を流すくらい、かわいいもんですよね笑。
「阿衡」という言葉に激怒した基経
さて、話を元に戻すと、「俺のことを阿衡に任ずるというなら、政治なんてやめてやる!」と激おこになった基経。これに対して詔を起草した広相は、「後代の阿衡には職掌があった」と反論します。しかし効果なし。
6月頃になると、宇多天皇も問題を解決しようと奔走しますが、結局「阿衡を引用したのは朕の本意ではない」と表明することによって広相を見捨て、基経をなだめようとします(平田, 2000, p.89)。しかしまだお怒りモードの基経は、広相の処罰を要求します。
ようやく11月になって、どういうわけか基経の怒りがおさまり、彼は政治に戻りました。広相が処罰されることもありませんでした。このとき基経が宇多天皇に出した書状が本当にすごいのですが、何といったと思います??
なんと基経は、「始めより何の意もなし」と書いたそうです(平田, 2000, p.90)。一年近く政治を放棄してこの言葉、すごい……。なんというか、肝がすわっていますね。
平田は、なぜこのように急速に基経の怒りが収まったのかについて、2つの説を提唱しています。
- 10月6日に基経の17歳の娘、温子が宇多天皇のもとに入内して女御となったから。
- 道真が基経に対して諷諫状を書いたから。
ここで我らの道真が出てきました……!月組の『応天の門』では、道真が「戦いはこれからだ!」というようなことを言って幕が下りますが、本当にそうだったんですね。
道真の諷諫状
それでは、道真の書状とはどのようなものだったのでしょうか?
平田によれば、道真は以下の2点から広相を擁護したようです。
まず1つ目。広相は「職掌がない」ということをいうために「阿衡」を引用したわけではないし、これで広相を処罰すれば、これから文を書く人間はみな罰される危険があり、文章の道が途絶えてしまう。
2つ目。広相は宇多天皇に対し、基経以上の功績がある。このような優秀な人物を罰することは藤原氏にとっても良い策とはいえない。
うーん、正論。これを読んだ基経は「広相が俺以上に功績があるだって!?」と怒りそうなものですが、意外や意外、道真が今後の藤原氏の行く末を案じているからでしょうか、怒ることもなく(内心では怒っていたのかもしれませんが)、心を深く動かされたようでした(平田, 2000, p.94)。
一件落着、か……?
こうして基経は政治に戻り、事態は落ち着いたものの。
ここで注意してほしいのは、結局宇多天皇が基経に折れるかたちになってしまったことです。天皇が一介の貴族に負けたのですから、宇多帝の屈辱やいかに。
このこともあってか、891年に基経が亡くなった後、宇多天皇は道真を重用するようになります。そしてこの宇多天皇の寵愛が、皮肉なことに、道真の失脚につながっていくのです。ここらへんの話はまた次の機会にしましょう。
おわりに
今回は、道真と基経のその後について探っていきました。月組公演『応天の門』のラストの道真のセリフ通り、道真は藤原家としのぎを削る人生を歩んだのですね。
ここからは蛇足ですが、本当におだちんがカッコよかったし、歌もうますぎて震えました。それから紀長谷雄を演じた彩海せらさんも最高だったな〜。東京公演も無事に駆け抜けられますように!
参考文献
平田耿二(2000)『消された政治家・菅原道真』 東京:文藝春秋.
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